最近テレビできれいな女医さんを見かけます。
山本佳奈さんもその中のひとり。
しかも、とってもお若いんです!
ある程度経験を積まれて来た40代~50代の女医さんがテレビ出演しているのはよくあることですが、山本佳奈さんはどう見てもその年代ではない。
年齢も気になりますが、本を出版したり、テレビに出演したり、スピード出世ともよべる状態にいるのはなぜなのか?
その辺が気になり調べてみました。
目次
山本佳奈医師プロフィール
新型コロナウイルス 日本の水際対策は無意味すぎる!日本国内感染はもっと広がっている (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット) https://t.co/Y9jkjQMN4o 「新型コロナウイルスの対策」について、NPO法人医療ガバナンス研究所の内科医・山本佳奈医師が「医見」します。
— 人生の楽園 Paradise of life (@nori_okinawa47) February 15, 2020
山本 佳奈(やまもと かな)
生年月日:1989年5月8日
出身地 :滋賀県生まれ大阪育ち
家族 :父・母・妹(兄弟がいるかは不明)・トイプードル
【学歴】
・四天王寺中学・高校(中高一貫校)
・滋賀医科大学卒業
・東京大学大学院医学系研究員 博士課程在学中(2020年2月現在)
【書籍】
山本佳奈医師の年齢は、2020年2月現在30歳です。
「貧血大国・日本」は、2016年27歳の年に出版しています。
出版の話は、大学6年の時に頂いたとか。
素人の私は、学生でも本は出せるの?と驚きました。
そして出版までの経緯を調べてみました。
山本佳奈医師の経歴と若くして書籍を出版できた訳とは?
まずは簡単に経歴を記します。
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大学6年(2014年)ハフィントンポストに投稿→朝日新聞に掲載「論文のデータをもとに完成させた妊婦の貧血に関する文書」
文書を見た光文社の編集者より「新書を書きませんか?」と手紙を頂く -
研修1年目(2015年)福島県南相馬市立総合病院にて研修を開始
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研修2年目(2016年)「貧血大国・日本」出版
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2016年7月日経doors掲載「ダイエットで20キロ台に…貧血に警鐘を鳴らす女医」
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2017年2月m3.com掲載「地方から考える産婦人科専門医制度」
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2017年4月福島県南相馬市立総合病院 神経内科医産婦人科を諦め神経内科医に
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2018年3月朝日新聞掲載「医学部 地域枠 制度見直しを」
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2018年4月東京大学大学院医学系研究員 博士課程在学中福島県いわき市ときわ会常磐病院
内科医 ナビタスクリニック立川新宿 内科医
山本佳奈さんがまだ大学生だったある日、大学に献血車が入ってきました。
過去に摂食障害の経験があった山本さんは、それ依頼ずっと貧血で献血をする機会はありませんでした。
その時に、ふと自分がずっと指摘されながらも放置していた「貧血」について、詳しく知りたいと思いました。
そして、貧血についての論文のデータを元に妊婦の貧血に関する文書を書きあげ、ハフィントンポスト投稿します。
その後、その文書が朝日新聞に顔写真入りで紹介され、それを見た光文社の編集者さんから「新書をかきませんか」と手紙が届きました。
それが出版のきっかけです。
この時に、自分の思いや考えを文書にして発信すると、世界が変わっていくことを体感したそうです。
それからというもの数多くの文書を発信しています。
(上記の経歴には主な文書のみ抜粋で記載しています)
山本佳奈が医師を目指したきっかけは?
高校1年生の夏、医師の白衣姿を見て「無性に白衣を着たくなった」というのが、医師を目指す事になったのがきっかけです。
それからというもの、医学部に進学したいと思い猛勉強をはじめました。
と同時にポッチャリな体型も気になるお年頃だったので、食事制限のダイエットを開始。
勉強と食事制限のダブル攻撃で、あっという間に痩せて行きました。
そして高校2年の冬には、体重が20kg代に入り、餓死寸前で強制入院させられる事になります。
退院後、全く授業についていく事が出来ず、受験も失敗してします。
医学部不合格という現実、自分が「摂食障害」であった事をやっと理解出来たといいます。
その後、一浪して滋賀医科大学に合格します。
山本佳奈はなぜ福島県南相馬市の病院を研修に選んだの?
滋賀医科大学に入り5年生の時、知人の紹介で東京大学医科学研究所の上昌広先生に初めてお会いします。
その先生に初対面で「生まれ育った関西とは違う土地に行ったほうがいい」といわれます。
環境の違う場で経験を積んだ方がいいと意味だったのでしょうか。
大学6年生となり、卒業を控え、初期研修(2年間)をする病院を選びます。
上昌広先生から助言いただいたように関西を離れ、東京の病院を選ぶも不採用となります。
すぐに研修医を募集している病院を探し手当り次第電話をしましたが、受け入れてくれるところはなかなか見つかりませんでした。
そんな時に福島県の南相馬市立総合病院で研修医を1名追加募集している情報を得、上先生に相談するも「やめておけ」の一言。
でも、どうしても南相馬に行きたいと説得し、結果翌朝には採用が決定します。
2015年春、福島県は放射線の風評被害が全国に行き渡っていました。
家族に南相馬の病院へいくと話すと、母親は「なぜまたそんなところに…」と涙を流し、父親は「何で福島…」とそのまま電話を切られたそうです。
親が子を心配する気持ちは痛いほど分かります。。。
山本佳奈は目指していた産婦人科医から神経内科医に?
県外の若者、医療支える 8人被災地で研修 | 福島民報 http://t.co/BtVzL7qSV1 南相馬市立総合病院で4月から研修医として勤務している山本佳奈さんは当初、大きな病院で働く医師に憧れていたが……… pic.twitter.com/QTaHTkY7Ee
— 4nwanelson (@4nwanelson) May 8, 2015
右も左も分からない所から始まった南相馬での研修、色々と苦労もありましたがなんとか乗り越え、残り6ヶ月となった時の事です。
後期の研修も南相馬の病院に残り、産婦人科医として働きたいと思うようになりました。
その旨を院長に伝えると、産婦人科に進みたいなら他の病院へいくしかないといわれてしまいます。
そしてこの状況をそのまま文書にし『「基幹施設は大学が基本」が招く産科医療の危機 地方から考える産婦人科専門医制度』と題して m3.com に投稿します。
後々分かったことですが、上記の記事が引き金となり、市が雇用をしようとしなかったという事もあったようです。
困っている山本さんの様子を見かねて、同病院の神経内科先生が声をかけてくれました。
「とりあえず神経内科をして、それから今後のことを考えても遅くはないのでは…?」
女性を総合的に診る事ができる医師になりたいと思っていた山本さんは、神経内科を勉強しても無駄にはないだろうと考えそうする事にしました。
その後 m3.com の記事を見て、山本さんの状況を把握した先生方からのお声掛けがあります。
福島医大の理事長はマンモグラフィの勉強をする機会をくださり、東大阪市の内科の院長が産科婦人科の院長を紹介してくださって、勉強する事ができました。
山本さんは、ありのままを発信したことで、それをキャッチしてくださった方々と知り合うことができ、人生が豊かになったといいます。
発信する事について山本医師は、こう話しています。
自分の思いや考えを文章にして発信することで、世界が変わっていくことを感じていた私は、研修で学んだことや南相馬での経験、出会いや学びを文字にして故郷である関西へ、そして日本中へ発信したいと思った。
フェイスブックで書くこともあれば、新聞の寄稿欄に投稿することもあった。
投稿するたびに、九州や北海道、海を越えて海外からも手紙やハガキやメッセージをいただいた。
南相馬のことが日本中に、そして海外にも伝わっていることはとても嬉しかった。
現場から発信することの大切さと、発信し続けることの意味の大きさを感じた。
引用:joy.net
この言葉の通り、ネット上には山本さんの発信する記事がたくさんあるので驚きます!
記事を読んでいた故郷のご両親も、南相馬での生活に安心してくださったそうです。
山本佳奈医師オンライン診療しているの?
山本佳奈医師は、2018年4月より
・東京大学大学院医学系研究員博士課程在学
・福島県いわき市ときわ会常磐病院 内科医
・ナビタスクリニック立川新宿 内科医
の3つを兼任しています。
AERAdotには、「オンライン診療と緊急避妊薬」について「NPO法人医療ガバナンス研究所の内科医・山本佳奈医師」という肩書で「医見」するという記事があります。
調べてみると、ナビタスクリニックではオンライン診療を既に行っているようです。
オンライン診療は2019年5月7日より開始されています。
オンライン診療の詳細は ⇒ こちら
山本佳奈医師は、病院を2つ兼任しています。
山本佳奈医師のそれぞれの病院での診療日はどうなっているのか調べてみました。
福島県いわき市ときわ会常磐病院の方は、情報が得られませんでした。
ナビタスクリニックは、ホームページ内の「お知らせ」にて確認する事ができます。
電話やネット予約も可能です。
詳細はこちらからどうぞ。
まとめ
今回は山本佳奈医師について調べて来ました。
最初はこんなに若いのになぜ?と思いましたが、調べていくうちに「発信する」という行動が今の山本医師になっている事が分かりました。
山本佳奈医師の発信に共感する方々がいるのも事実。
その方々のバックアップを受けて、もっと大きく成長する予感がします。
山本医師は「女性の総合医」になる事が目標だそうです。
同じ女性としては、とてもたくましく感じます。
今後の活動が楽しみです!