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笈川幸司の結婚相手の妻【嫁】は中国人?世界が尊敬する日本人100

世界が尊敬する日本人100という雑誌を見ていました。

「Challengers 不可能を可能にする挑戦者たち」の枠組みで、羽生結弦(フィギュアスケート選手)、近藤麻理恵(片付けコンサルタント)の名前が載ってました。

「やっぱりそうだよねぇ、有名だもの」と思っていると、同じ枠組みの中に聞き慣れない名前があります。

笈川幸司(日本語教師)

そんなに有名な日本語教師ってどんな人?という事で調べてみました。

目次

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笈川幸司プロフィールと経歴

笈川 幸司(おいかわ こうじ)
生年月日  1970年4月20日
出身地   埼玉県所沢市
学歴    日本大学文理学部教育学科(卒業前に1年半、中国へ語学留学)

経 歴
  • 1996年
    衆議院議員の公設秘書を務める
  • 1997年
    漫才の道に
    「NHK爆笑オンエアバトル」「TBSお笑い道場」等に出演
  • 2001年
    北京美国英語語言学院で講師に着任
  • 2002年~2004年
    清華大学で講師に着任
  • 2005年~2007年
    北京大学で講師に着任
  • 2007年
    清華大学に復帰
  • 2011年
    中国各地の大学を回り、講演会や集中講義を行う活動を始める
  • 2014年
    東京大学で日本語教育専門家たちの前で講演
衆議院の公設秘書をやめてお笑いの世界に入るなんて、すごい度胸というか、それだけ「お笑い」が大きな夢だったんですね。

 

笈川幸司の結婚相手の妻【嫁】は中国人?

「2001年夢半ばで挫折し中国へ渡る」当時31歳。

実は、大学の時に中国へ語学留学に行き、そこで知り合った方とずっと遠距離恋愛をしていました。

中国へ渡ったのは、その人と結婚をする為。

 

しか~し、待たせすぎたのでしょうか?

5年半という時間は長かったようで、北京に着いた翌日に別れを切り出されたそう。

笈川さんは、自害を考えるほど絶望の淵に立たされ、抗鬱剤を服用していたほど。

 

となると、奥様はこの方(遠距離恋愛をしていた中国人)ではないですね。

でも別れを切り出されて絶望の淵に立たされても、帰国することなく、中国に滞在し「日本語の講師」を始めます。

そこで、新たな中国人のと出会いがあったのでしょうか?

 

調べていると、こんな記事を見つけました。

【結婚の報告】 笈川幸司奈弥(旧姓出口)

連日厳しい残暑が続いていますが、皆様、お元気でお過ごしのこととお慶び申し上げます。

さて、去る7月28日北九州市戸畑区にて、わたくしたちは入籍いたしました

これからは二人で助け合って暖かい家庭を築き、日中友好のために力を尽くして参ります。

まだまだ未熟な二人ですが、今まで以上によろしくご指導の程お願い申し上げます。

平成23年8月吉日
笈川幸司、奈弥(旧姓出口)

引用:http://blog.renren.com/

漢字ばかりのサイトなので中国サイトかとは思いますが、そこに日本語で記載されていました。

「奈弥(旧姓出口)」という事は、日本人?
 
出口奈弥」。

日本人でも中国人でもおかしくはないか…。

 

もっと詳しい情報がないのか調べを進めていくと…

奈弥(なみ)さんは、16歳年下日本人女性である事が判明。

北京で日本語講師として働いていて、出会ったといいます。

 

という事は、平成23年(西暦2011年)結婚当時、笈川さん41歳奈弥さん25歳っていうことになりますね ^^

 

この結婚がひとつの転機となります。

中国の大学の外国人教師は、待遇があまり良いとはいえない。

それと、特定の大学だけで活動するだけではなく『もっと多くの中国人に日本語を教えてみたい、もっと広く活動してみたい』と笈川さんの夢もあった。

このまま二人で日本語教師を続けていくのもありでしたが、先々の事を考え2013年に起業することにしました。

 

現在の事業の柱は、夏と冬に行う特訓クラス(約10日間)。

一度の開催で約400人ほどが集まり開催場を増やせばその数だけ増えます。

これを主な収入源とし、各地で講演会や要請があれば特別授業しています。

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まとめ

笈川幸司さん、中国での活動時期が長いので、奥さんはてっきり中国の方かと思っていましたが、実際は16歳年下の日本人女性(奈弥さん)だと判明。

ここまでくると、次はお子さんがいらっしゃるのかどうかが気になって来ました!

結果が分かりましたら、お知らせ致しますね。

 

そしてこちらは、2013年発行の笈川幸司さん著書の本です。

独立すると、活動の幅が広がりるものですね。

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